大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和36年(う)1256号 判決

被告人 植松由一

主文

本件控訴を棄却する。

理由

(弁護人の)控訴趣意第二の(二)について。

論旨は、要するに原判決が適用している道路運送法第一〇一条第一項、第一二八条の三、第二号は憲法第二二条に反する違憲無効の法律であるから、これを合憲として被告人を有罪とする原判決は法令の適用を誤つたものであると主張するのである。

しかし憲法第二二条第一項に所謂転業選択の自由は、同法条にも掲げているとおり、公共の福祉に反しない限りにおいて保障されるもので、無制限に認められるものではない。道路運送法第一〇一条第一項は、同法第四条の自動車運送事業の免許制の規定と共に、わが国の交通及び道路運送の実体に照し、同法第一条に言う道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保し、道路運送に関する秩序を確立することにより、道路運送の総合的な発達を図り、公共の福祉を増進する目的に副うもので、憲法第二二条第一項に違反するものとは到底認められない。自動車の運転、車体検査と自動車による運送事業とは別個のもので、それぞれの観点から公共の福祉も考慮せられなければならない。従つて自動車の運転、車体検査が適法だからと言つて直ちに自動車による運送事業が認められてよいとは限らない。自動車による運送事業の免許制が既存業者に有利な結果をもたらしているとしても、だからと言つてこれを無制限に認めることは道路運送に関する秩序を乱すことになり、公共の福祉に反するものと言うべきである。所論は縷々詳説するが、独自の見解にして採用の限りでない。

控訴趣意第二の(三)について。

論旨は、道路運送法第一〇一条第一項の規定が違憲でなくとも、その適用範囲は公共の福祉に反し社会的に有害な行為のみに及ぼすべきであつて、その所為自体決して社会的に有害でない被告人の所為にまで、その適用をなすべきでない。このことは最高裁昭和三五年一月二七日のあん摩師等法律違反被告事件に関する判決によつても明らかである。従つて原判決の法令の適用は誤りであると主張するのである。

しかし、一般的に公共の福祉を目的として制定せられた法律によつて禁止されている所為に出でた以上は、その法条違反に問擬せられるのは当然であつて、たまたま、その法条違反所為が具体的な事例において直接に公共の福祉に反せず、社会的に有害な結果を発生せしめなかつたとしても、その所為は禁止規定に違反するものではないとは言えない。所論引用の判例は問題の所為が法条に言う禁止所為に該当するか否かの事案で、禁止法条に該当することについては前記のとおりである本件所為については趣旨を異にし適切ではない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二の(四)について。

論旨は、道路運送法第一〇一条第一項が憲法違反でないとしても、現在のタクシー免許制度の運営の実情を前提として本件を考案すれば、被告人の所為は違法性を欠き刑法第三五条により無罪である。すなわち、現在の陸運行政は既存業者の利益の擁護のために行われている状態で、被告人は運転免許を有し、自家乗用自動車を所有し、車体検査を受けており、過去に交通事故を起したことがなく、相当の年配であり、当然個人免許を許されて然るべき条件を具備しているのに、不当にも個人営業免許申請は却下されている。これは憲法第二二条の趣旨に反する違憲であり、これに抗議し、その抗議のためになしている被告人の所為は形式的に免許を得ていないが、実資的には違法性をおびない刑法第三五条に所謂正当の行為であると主張するのである。

しかし、道路運送法第六条には自動車運送事業の免許基準を規定しているが、右の基準は同法第一条の趣旨に副うものと言うべきところ、被告人の本件所為が、その免許申請に拘らず、右免許基準に反し、違法とも言うべき著しく不当な免許不許可の行政措置に基因すると認めるに足るものがない本件では、被告人の所為をもつて形式的には法律に違反するが実資的には違法性をおびない正当行為とは断定できない。結局論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条により、主文のとおり判決する。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 松本圭三 三木良雄 古川実)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例